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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)16281号 判決

原告 亡乙松夫承継人 丁原春子

〈ほか一六名〉

以上一七名訴訟代理人弁護士 齋藤兼也

原告 亡乙松夫承継人甲山一枝

〈ほか二名〉

以上三名訴訟代理人弁護士 芹沢孝雄

同 相磯まつ江

被告(被参加人) 井上工業株式会社

右代表者代表取締役 井上房一郎

右訴訟代理人弁護士 入澤武右門

同 桑本繁

同 入澤洋一

同 藤井文夫

被告(被参加入) 東海興業株式会社

右代表者代表取締役 熊本宗悟

右訴訟代理人弁護士 松浦登志雄

右両名補助参加人 株式会社須藤工業不動産部

右代表者代表取締役 須藤眞次

右訴訟代理人弁護士 福井秋三

参加人 富士タウン開発株式会社

右代表者代表取締役 高本修

右訴訟代理人弁護士 新壽夫

主文

一  被告(被参加人)井上工業株式会社は、原告ら及び参加人に対し、別紙物件目録記載の土地について、別紙登記目録(一)記載の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二  被告(被参加人)東海興業株式会社は、原告ら及び参加人に対し、別紙物件目録記載の土地について、別紙登記目録(二)記載の所有権移転登記、同目録(三)記載の所有権移転請求権仮登記及び同目録(四)記載の抵当権設定仮登記の各抹消登記手続をせよ。

三  参加人と被告(被参加人)東海興業株式会社及び同井上工業株式会社との間で、それぞれ、参加人が別紙物件目録記載の土地につき八分の一の割合による共有持分権を有することを確認する。

四  参加人と原告(被参加人)乙田五郎及び同乙田八郎との間で、それぞれ、参加人が別紙物件目録記載の土地につき一六分の一の割合による共有持分権を有することを確認する。

五  原告(被参加人)乙田五郎及び同乙田八郎は、それぞれ、参加人に対し、別紙物件目録記載の土地の持分各一六分の一につき、昭和六〇年六月一五日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

六  訴訟費用中、原告(被参加人)乙田五郎及び同乙田八郎並びに参加人に生じた費用の各二分の一並びに右両原告を除く原告ら及び被告らに生じた費用はいずれも被告らの負担とし、原告(被参加人)乙田五郎及び同乙田八郎並びに参加人に生じたその余の費用はいずれも原告(被参加人)乙田五郎及び同乙田八郎の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、第二項と同旨

2  (原告甲山一枝、同乙原二枝、同戊川三枝の予備的請求)

被告東海興業株式会社は、原告甲山一枝、同乙原二枝及び同戊川三枝に対し、各金三一二五万円及びこれに対する昭和五四年四月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  参加請求の趣旨

1  主文第一ないし第五項と同旨

2  訴訟費用は被参加人らの負担とする。

四  参加請求の趣旨に対する答弁

(被参加人乙田五郎、同乙田八郎、同井上工業株式会社及び同東海興業株式会社)

1  参加人の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は参加人の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

A  主位的請求原因(原告ら全員)

1 別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は、もと亡乙松夫が所有していた。

2 亡乙松夫は、昭和五三年五月三一日死亡し、原告らと亡乙松夫との身分関係は別紙相続分目録中の「亡乙松夫との関係」欄記載のとおりであって、原告甲一郎、同甲二郎、同甲三郎及び甲花枝(以下「原告甲ら」という。)を除く原告らは亡乙松夫の相続人(原告甲原海子及び同乙浜子は亡乙松夫の相続人亡乙二郎の相続人)、原告甲らは亡乙松夫の代襲相続人であり、それぞれその相続分ないし代襲相続分は、同目録中の「相続分」欄記載のとおりである。

3 被告井上工業株式会社(以下「被告井上工業」という。)は、本件土地につき、別紙登記目録(一)記載の所有権移転登記(以下「本件登記(一)」という。)を経由している。

4 被告東海興業株式会社(以下「被告東海興業」という。)は、本件土地につき、別紙登記目録(二)記載の所有権移転登記(以下「本件登記(二)」という。)、別紙登記目録(三)記載の所有権移転請求権仮登記(以下「本件登記(三)」という。)及び同目録(四)記載の抵当権設定仮登記(以下「本件登記(四)」という。)を経由している。

5 よって、原告らは、本件土地の各共有持分に基づき、被告井上工業に対して本件登記(一)の、被告東海興業に対して本件登記(二)ないし同(四)の、各抹消登記手続を求める。

B  予備的請求原因(原告甲山一枝、同乙原二枝及び同戊川三枝)

1 亡乙松夫は、昭和五二年一月一八日、補助参加人株式会社須藤工業不動産部(以下「須藤工業」という。)に対し、本件土地を代金一〇億二七四八万円の約定にて売り渡した。

2 亡乙松夫は、昭和五三年五月三一日に死亡し、その相続人及び代襲相続人の相続分は別紙相続分目録の「相続分」欄記載のとおりであるが、須藤工業の右1の売買代金の未払代金は控え目にみて九億六三七六万円を下回ることはないから、原告甲山一枝、同乙原二枝及び同戊川三枝(以下「原告甲山ら」という。)は、右1の売買代金債権を、それぞれその相続分(各一六分の一)に従い、各六〇二三万五〇〇〇円を下回らない額ずつ取得した。

3 須藤工業は、右原告らの債権を弁済するに足る資力を有しない。

4 須藤工業は、被告東海興業に対し、昭和五四年四月一二日、本件土地を代金一九億円の約定にて売り渡す旨の売買契約を締結し、右代金の残額五億円の請求権を有している。

5 よって、原告甲山らは、主位的請求の認められない場合には、各自、須藤工業に代位して、被告東海興業に対し、右4の売買代金残額五億円の一六分の一である三一二五万円及びこれに対する昭和五四年四月一三日以降完済まで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

A  主位的請求原因

(被告井上工業)

1 請求原因1の事実は、認める。

2 同2の事実中、亡乙松夫が昭和五三年五月三一日に死亡したことは認めるが、その余は、知らない。

3 同3の事実は、認める。

(被告東海興業)

1 請求原因1の事実は、認める。

2 同2の事実中、亡乙松夫が昭和五三年五月三一日に死亡したことは認めるが、その余は、知らない。

3 同4の事実は、認める。

B  予備的請求原因

(被告東海興業)

1 請求原因1の事実(ただし、売買契約の日は昭和五二年一月一七日である。)は、認める。

2 同2の事実中、亡乙松夫が昭和五三年五月三一日に死亡したことは認めるが、その余は、知らない。

3 同3の事実は、否認する。

4 同4の事実中、須藤工業が被告東海興業に対して昭和五四年四月一二日に本件土地を代金一九億円で売り渡す契約を締結したことは認めるが、その余は、否認する。

三  抗弁

1  本件売買契約の締結による所有権の喪失(被告ら。主位的請求原因につき)

亡乙松夫は、須藤工業との間で、昭和五二年一月一七日、本件土地を代金一〇億二七四八万円の約定にて売り渡す旨の売買契約を締結した(以下「本件売買契約」という。)。

(一) 本件売買契約締結の経緯は、次のとおりである。

(1) 亡乙松夫と須藤工業の代表取締役須藤眞次(以下「須藤」という。)は、昭和四九年一月二九日、須藤工業が亡乙松夫に対し当時本件土地に関して亡乙松夫と協同組合日本華僑経済合作社(以下「合作社」という。)との間で訴訟となっていた係争事件の解決のための協力支援金として八〇〇〇万円を融資し、右係争が解決された時点で亡乙松夫が本件土地を時価にて須藤工業に売却するか、又は本件土地上に須藤工業の費用をもって高層建築物を建築し、その費用と本件土地の価格との割合により本件土地の一部と建築建物の一部を交換する(いわゆる等価交換)か、いずれかを選択して決定する旨の契約を締結した。

(2) その後、亡乙松夫は昭和五一年四月八日に(1)の合作社との訴訟の控訴審において勝訴し、もって、右係争事件は解決したため、亡乙松夫と須藤は、(1)の契約に基づき、協議の上、本件土地の売買契約を締結することを選択し、かつ、その範囲を本件土地の全体とすることとして、本件売買契約を締結したものである。ただし、本件売買契約が(1)の契約に基づくものであるため、売買契約書上は本件売買契約の締結の日時を昭和四九年一月二九日と記入した。

(二) 須藤工業は、亡乙松夫に対し、以下のとおり、本件売買契約に基づく代金を、全額弁済した。

(1) 昭和五二年一月一七日 一億円

ただし、うち四〇〇〇万円については、須藤工業と亡乙松夫との合意により、須藤工業が亡乙松夫に対して昭和四九年一月二九日に貸し渡した四〇〇〇万円の貸金債権と本件売買代金債権とを対当額をもって相殺することとした。

(2) 同年二月一九日 八五〇〇万円

(3) 同年三月三〇日 三〇〇〇万円

(4) 同年五月二日 二三七二万円

(5) 同月三一日 二五七〇万円

(6) 同年六月五日 一〇〇〇万円

(7) 同月二七日 五〇〇〇万円

(8) 同年八月二〇日 六億三九五六万円

ただし、うち、五億円については埼玉緑化株式会社の振出に係る数通の約束手形により支払い、残余の一億三九五六万円を現金にて支払った。

(9) 同年八月二六日 六三五〇万円

2  須藤工業の代金支払(被告東海興業。予備的請求原因につき)

抗弁1(二)のとおり、須藤工業は、亡乙松夫に対して売買代金を完済した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の冒頭の事実(売買契約の締結)は、否認する。被告ら主張の売買契約は存在しない。

同1(一)(1)の事実中、昭和四九年一月二九日当時亡乙松夫と合作社との間で本件土地に関する訴訟が係属していたことは認めるが、その余は否認する。当時亡乙松夫と須藤との間で亡乙松夫に対する融資及び本件土地の一部への建物建築等を内容とする契約案が多数検討されたことはあったが、いずれも成案に至らなかったものである。

同(2)の事実は否認する。そもそも、被告らが本件売買契約の契約書として提出する丁第一号証は、偽造に係るものである。また、被告らは、本件売買契約締結の日時について、当初は昭和四九年一月二九日と主張していたが、その後右主張を昭和五二年一月一八日と訂正し、更に、昭和五二年一月一七日と訂正したものであって、このような主張の変遷自体、本件売買契約が存在しないことの証左でもある。

同1(二)(1)、(2)の事実は否認する。被告らが右各売買代金支払の領収証として提出する丁第二号証の一及び二は、いずれも偽造に係るものである。

同(3)の事実中、亡乙松夫が須藤工業から三〇〇〇万円を受領したことがあることは認めるが、その余は、否認する。被告らが右売買代金の支払の領収証として提出する丁第二号証の三の領収証は、亡乙松夫が須藤工業から昭和五二年一月一六日に返済期同年三月三〇日の約定にて借り入れた三〇〇〇万円の借入金を期日に返還することができなかったため亡乙松夫が須藤の求めに応じて同年三月三〇日に三〇〇〇万円に署名押印して作成したものであり、売買代金の領収証ではない。

同(4)の事実中、亡乙松夫が須藤工業から昭和五二年五月二日に二三七二万円を受領したことは認めるが、その余は、否認する。右金員は、亡乙松夫が須藤工業からの借入金として交付を受けたものであり、被告らが右売買代金の支払の領収証として提出する丁第二号証の四は、右借入金の領収証にすぎない。

同(5)の事実は、否認する。被告らが右売買代金の支払の領収証として提出する丁第二号証の五の領収証は、亡乙松夫が亡乙松夫の子の所有名義の荻窪の土地に須藤の経営する会社をして分譲マンションを建設させるのであればその建築資金の頭金として二五〇〇万円を融資する旨の須藤の申出に応じて、亡乙松夫があらかじめ作成交付した領収証である。なお、右融資は現実にはなされなかった。

同(6)の事実中、亡乙松夫が須藤工業から昭和五二年六月五日に一〇〇〇万円を受領したことは認めるが、その余は、否認する。右金員は、亡乙松夫が須藤工業からの借入金として交付を受けたものであり、被告らが右売買代金の支払の領収証として提出する丁第二号証の六は、右借入金の領収証にすぎない。

同(7)ないし(9)の事実は、いずれも否認する。被告らが右各売買代金支払の領収証として提出する丁第二号証の七ないし九は、いずれも偽造に係るものである。

2  同2に対する認否は、同1(二)に対する認否のとおりである。

五  参加請求の原因

1  本件土地は、もと亡乙松夫が所有していた。

2  亡乙松夫は、昭和五三年五月三一日に死亡し、その相続人及び代襲相続人の相続分はそれぞれ別紙相続分目録の「相続分」欄記載のとおりであって、被参加人乙田五郎及び同乙田八郎(以下「原告乙田ら」という。)は、それぞれその相続分に従い、本件土地について、各一六分の一の共有持分を取得した。

3  参加人は、原告乙田らから、昭和六〇年六月一五日、本件土地を含む亡乙松夫の遺産についての原告乙田らの各相続持分(共有持分)を買い受けた。

4  原告乙田らは、参加人による右相続持分の取得を争っている。

5  被告井上工業は、本件土地につき、本件登記(一)を経由し、かつ、本件土地について参加人が八分の一の共有持分を有することを争っている。

6  被告東海興業は、本件土地につき、本件登記(二)ないし同(四)を経由し、かつ、本件土地について参加人が八分の一の共有持分を有することを争っている。

7  よって、参加人は、本件土地の共有持分に基づき、

(一) 原告乙田らに対し、

(1) 参加人が本件土地につき各一六分の一の共有持分を有することの確認

(2) 本件土地の共有持分各一六分の一につき、昭和六〇年六月一五日売買を原因とする所有権移転登記

(二) 被告井上工業に対し、

(1) 参加人が本件土地につき八分の一の共有持分を有することの確認

(2) 本件登記(一)の抹消登記手続

(三) 被告東海興業に対し、

(1) 参加人が本件土地につき八分の一の共有持分を有することの確認

(2) 本件登記(二)ないし同(四)の各抹消登記手続

を、それぞれ求める。

六  参加請求の原因に対する認否

(原告乙田ら)

請求原因1ないし4の事実は、いずれも認める。

(被告井上工業)

1 請求原因1の事実は、認める。

2 同2の事実中、亡乙松夫が昭和五三年五月三一日に死亡したことは認め、その余は、知らない。

3 同3の事実は、知らない。

4 同5の事実は、認める。

(被告東海興業)

1 請求原因1の事実は、認める。

2 同2の事実中、亡乙松夫が昭和五三年五月三一日に死亡したことは認め、その余は、知らない。

3 同3の事実は、知らない。

4 同6の事実は、認める。

七  参加請求に対する抗弁

1  詐欺による取消(原告乙田ら)

(一) 原告乙田らは、参加人の詐欺に基づき、相続持分を参加人に売り渡す旨の意思表示をしたものである。

(二) 原告乙田らは、昭和六一年三月一八日、詐欺を理由として、右意思表示を取り消した。

2  所有権の喪失(被告井上工業及び同東海興業)

(一) 前記三1と同旨

(二) 須藤工業は、被告井上工業に対し、昭和五二年八月五日、本件土地を、代金二一億七八八七万一八五〇円、合作社との間の本件土地に関する紛争を須藤工業において解決する旨の約定にて売り渡した。

(三) 被告井上工業は、須藤工業の同意を得て、昭和五二年八月二二日、亡乙松夫から直接、所有権移転登記(本件登記(一))を経由した。

(四) しかるに、本件売買契約締結後二か月を経過するも合作社との紛争は解決せず、被告井上工業の再三の催告にもかかわらずその見通しすらつかなかったことから、被告井上工業は、昭和五二年一〇月一五日、本件売買契約を解除した。

(五) 須藤工業は、被告東海興業に対し、昭和五四年四月一二日、本件土地を代金一九億円の約定にて売り渡した。

(六) 被告東海興業は、須藤工業の同意を得て、昭和五四年四月一二日、被告井上工業から直接、所有権移転登記(本件登記(二))を経由した。

八  参加請求に対する抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は、否認する。

2  同2の事実は、知らない。

第三証拠《省略》

理由

一  主位的請求原因1、3及び4(順次に、もと亡乙松夫が本件土地を所有していたこと、被告井上工業及び同東海興業の各登記経由)の事実は、いずれも全当事者間に争いがない。

二  そこで、主位的請求原因2(亡乙松夫の相続及び原告らの相続分)について検討する。

1  亡乙松夫が昭和五三年五月三一日に死亡したことは、全当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によれば、亡乙松夫は戦前からわが国に居住している中国人であることが認められる。

そこで、亡乙松夫の死亡当時において同人の相続関係を律すべき準拠法についてみるに、相続は被相続人の本国法に依るものとされており(法例二五条)、右本国法とは当事者の私法上の生活関係とより密接な関係を有する法を指すものであるところ、弁論の全趣旨によれば、亡乙松夫は戦前日本に渡来した台湾出身の中国人であり中華民国に戸籍を有していること、原告戊川三枝の戸籍には「昭和五一年七月六日国籍中華民国亡乙松夫認知の裁判確定」と記載されていることが認められ、右事情にその他本訴において窺われる亡乙松夫の生前の生活関係を併せ考察すれば、亡乙松夫の私法上の生活関係については中華民国の法律が最も密接な関係を有する法であったと解するのが相当であるから、亡乙松夫の相続関係を律すべき準拠法は、中華民国法であるというべきである。

3  そこで、相続人の順位及び相続分に関して亡乙松夫の死亡当時の中華民国法の規定をみるに、同法においては、配偶者を除いては直系卑属が第一順位とされ(一九三一年五月五日施行中華民国民法第五編継承(相続)一一三八条一号)、同一順位の直系卑属が数人あるときはその相続分は均等とされ(同法一一四一条)、直系卑属が相続開始前に死亡し又は相続権を喪失したときはその直系卑属がその相続分を代襲相続するものとされており(同法一一四〇条)、また、非嫡出子が父の認知を経たときは嫡出子とみなされて(同法一〇六五条一項)相続において嫡出子と区別されることはない(同法一一四一条本文)ものとされている。

4  そして、弁論の全趣旨によれば、亡乙松夫の死亡当時においてはその妻(戸籍上の妻)乙竹子は既に死亡していたこと、原告らの亡乙松夫との身分関係はそれぞれ別紙相続分目録の亡乙松夫との関係欄記載のとおりであって、原告らは亡乙松夫の子(認知された非嫡出子も含む。)か、亡乙松夫の子が亡乙松夫の死亡後に死亡した場合の右子の配偶者若しくは子か、又は亡乙松夫の子が亡乙松夫の死亡当時に既に死亡していた場合の右子の子のいずれかに該当する者であること、原告らのほかには亡乙松夫とそのような身分関係にある者はいないことが、それぞれ認められる。

右4認定の身分関係に右3の中華民国法の規定を適用すると、原告らはいずれも亡乙松夫の相続人であって他に亡乙松夫の相続人はないこと、及び原告らの各相続分はそれぞれ別紙相続分目録の「相続分」欄記載のとおりであることが明らかである。

そして、以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

三  そこで、抗弁1(本件売買契約の締結による所有権の喪失)について判断する。

1  売買契約書(丁第一号証)の成立について

被告らは、昭和五二年一月一七日に亡乙松夫と須藤工業との間で本件土地について代金一〇億二七四八万円の約定にて売買契約が締結された(ただし、契約書上は、契約締結の日時を昭和四九年一月二九日と記載した)と主張し、これに沿う証人須藤及び同森俊二(以下「森」という。)の各証言が存在するほか、昭和四九年一月二九日付けの亡乙松夫及び須藤工業作成名義の「土地売買契約書」と題する丁第一号証が存在する。

原告らは右丁第一号証中の亡乙松夫作成名義部分の成立を否認し、右書面は第三者の偽造に係る文書であると主張するので、右丁第一号証の成立について検討するに、丁第二号証の三ないし六については原告らも亡乙松夫の氏名及び押印部分の真正について争わないところであり、また、証人齋藤兼也(以下「齋藤」という。)の証言によれば、亡乙松夫は丁第二号証の三ないし六の中の同人の氏名及び押印部分並びに丁第二号証の四及び五の中の同人の住所部分はいずれも亡乙松夫において記載ないしは押捺したものであることを自認していたことが認められるところ、右各争いのない印影及び住所氏名記載部分を対照し、昭和五五年三月一日付け鑑定人長野勝弘の鑑定の結果を総合すれば、右各争いのない印影と丁第一号証の印影は同一の印章によるものであり、また、右争いのない筆跡と丁第一号証の亡乙松夫の氏名及び住所部分の筆跡はいずれも同一人の筆跡である蓋然性が高いものと推認され、右推認を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、丁第一号証の印影は亡乙松夫の印章によるものであり、亡乙松夫の氏名及び住所部分の筆跡はいずれも亡乙松夫の筆跡によるものであると推認され、他に反証のない以上、丁第一号証は全体として真正に成立したものと推認すべきであって、これを偽造文書とする原告らの主張は採ることができない。

2  売買契約の成立を疑わしめる反対事実について

1に認定したところからすると、本件においては丁第一号証の売買契約書のとおり(ただし、契約成立の日については証人須藤の証言によれば昭和五二年一月一七日)亡乙松夫と須藤工業との間で本件土地の売買契約が成立したものと推認すべきようにもみえる。

しかしながら、他方、本件においては、右売買契約の成立を疑わしめる事情が認められるので、これらの事情について検討することとする。

(一)  《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 亡乙松夫は、昭和三一年に合作社から本件土地に関して所有権移転仮登記の本登記手続を求める訴訟を提起され(東京地方裁判所昭和三一年(ワ)第七〇七号事件。)、昭和三九年に敗訴の判決を受けたが、右訴訟の控訴審(東京高等裁判所昭和三九年(ネ)第二二八九号事件、同第二三〇〇号事件)においては、新たに、合作社の仮登記は亡乙松夫の合作社に対する消費貸借債務の担保を目的とする代物弁済予約に基づくものにすぎない旨の主張をした。そして亡乙松夫は、右主張に沿って仮登記担保権の実行に伴う評価清算の完了する前にその被担保債務の全額を弁済供託して担保権を消滅させ本件土地の完全な所有権を回復しようと考え、昭和四七年頃には、右弁済供託すべき債務元利合計約八〇〇〇万円の資金を調達すべく、金策に当たるようになった。

(2) 須藤工業の代表取締役須藤は、右事情を知り、昭和四七年四月以降、亡乙松夫に対し、右八〇〇〇万円の融資方を申し入れ、亡乙松夫との間で交渉を行い、昭和四九年一月二九日には、両者間において、須藤工業は亡乙松夫に対して合作社との訴訟の協力支援金として八〇〇〇万円を融資し、亡乙松夫は右係争が解決された時点において本件土地のうち一万六五二八・九〇平方メートル(五〇〇〇坪)を須藤工業に売り渡すか右五〇〇〇坪の土地とのいわゆる等価交換にて同土地上に高層建築物の建築をする(亡乙松夫は亡乙松夫の提供する土地と等価にて建築建物の所有権を取得する)かのいずれかを選択する旨の契約書案が有力に検討され、亡乙松夫及び須藤らが右契約書案である前掲丁第四号証に署名押印をしたこともあったが、須藤がその後亡乙松夫に対して右八〇〇〇万円を全く融資しようとしなかったため、右契約書案は、結局、契約として成立することなく廃案となった。

(3) そこで、亡乙松夫は、同年一一月二一日に株式会社佐藤春雄建築設計事務所(以下「佐藤春雄建築設計事務所」という。)から九〇〇〇万円を借り入れ、右借入れに係る資金により同年一二月二七日に八七三八万五九二〇円を弁済供託した。

その結果、右控訴審においては、亡乙松夫の仮登記担保権の主張及び弁済供託の主張がいずれも容れられ、亡乙松夫は、昭和五一年四月八日、原判決取消、合作社の請求棄却の判決を得て勝訴し、右訴訟は、合作社の上告するところとなった。

(4) ところが、亡乙松夫は、右佐藤春雄建築設計事務所からの借入金を期日までに弁済することができず、昭和五一年六月五日には右借入金及び遅延損害金等をまとめた消費貸借及び準消費貸借(弁済期は同年七月三一日)に基づく合計一億一〇四四万円の債権が佐藤春雄建築設計事務所から有限会社三林物産(以下「三林物産」という。)に譲渡されてその旨の公正証書が作成されたため、亡乙松夫は、今度は右三林物産に対する債務の弁済のための金策に追われるようになった。

そこで亡乙松夫は、須藤に右債務弁済のための融資を求め、昭和五一年七月一二日には両者間において同月二〇日までに須藤工業は亡乙松夫に対して一億五〇〇〇万円を利息年一割の約定で貸し渡し、かつ、貸与金の授受の時点において協議の上本件土地の開発に関する本契約を締結する旨の確約書が取り交わされたが、須藤が右期限までに貸し付けるべき資金を調達することができなかったため、右金員の貸付けもまた、実現しなかった。

(5) 結局、亡乙松夫は、弁済期を過ぎても三林物産に対して約一億一〇〇〇万円余の債務を弁済できなかったため、三林物産は、前記公正証書に基づき、同年八月四日、本件土地について強制競売を申し立て、同日、強制競売開始決定がなされた。右強制競売の入札期日は昭和五二年二月一七日、競落期日は同月二一日と定められ、昭和五一年一〇月一日付け東京地方裁判所の選任に係る鑑定人中見利夫作成の鑑定書においては、本件土地は一八億六二〇〇万円と評価され、これが最低売却価格とされた。

(6) 亡乙松夫は、本件土地が競落される前に三林物産に対して債務を弁済して本件土地を確保しようと考え、右強制競売停止決定の保証金や三林物産に対する弁済のための資金の調達を急いだが、右資金調達は思うように進まなかった。

須藤は、再三の融資不実行による亡乙松夫の不信を回復するため、昭和五一年一二月半ばすぎ、谷古宇甚三郎(以下「谷古宇」という。)の秘書らとともに亡乙松夫宅を訪れて亡乙松夫に対し現金一億円を現実に呈示したが、この際、同人らが右金員の単なる融資を行うのではなくこれを代金の一部として本件土地を買い受ける旨申し込んだため、亡乙松夫の拒絶にあい、合意に至らなかった。

そこで、須藤は、以後亡乙松夫との間で融資の交渉を行い、昭和五二年一月一六日、亡乙松夫に対して合計一億三〇〇〇万円を融資することを約し、その証書として、須藤の原案に係る次のアないしエの内容の昭和五二年一月一六日付「借用証書」と題する契約書(甲第一七号証の一)を作成して亡乙松夫に交付し、同日、亡乙松夫に対する初めての融資の実行として、右のうちの三〇〇〇万円(現金五〇〇万円、須藤振出の約束手形額面金額五〇〇万円及び太陽信用金庫草加支店振出の預金小切手二〇〇〇万円)を貸し渡した。

ア 貸付金 一億三〇〇〇万円

ただし、昭和五二年一月一六日 三〇〇〇万円貸付け

同年二月一五日 一億円貸付け

イ 弁済期 同年三月三〇日

ウ 同年二月一五日に須藤工業に対して本件土地の一部につき仮登記手続を行う。

エ 弁済期までに返済できない場合は、昭和四九年一月二九日付けの契約書に基づき返済し、建築の一部は須藤工業に委任する。

以上のとおり認められる。

証人須藤の証言中、須藤が亡乙松夫に対して昭和四九年一月二九日に二〇〇〇万円、同年二月三日に二〇〇〇万円をいずれも現金で交付した旨の証言部分は、あいまいであり、かつ、同証人の他の証言部分とも矛盾しており、採ることができない。また、証人須藤の証言中には、須藤は昭和五二年一月一六日に三〇〇〇万円を貸し付けたことはないし、甲第一七号証の一の借用証書は意味もわからず署名押印して作成したにすぎず、その後両当事者ともそれぞれその所持する借用証書を破棄する旨合意をした旨の証言部分があるが、右証言部分は到底採用することができない。

そして、他に右(1)ないし(6)の認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右(一)の事実を前提として検討するに、亡乙松夫が被告らが本件売買契約締結の日と主張する日の前日には須藤工業との間で一億三〇〇〇万円の金員を借り受ける約束をし、かつ、右の金額が融資されるときは本件土地の一部につき須藤工業のために仮登記を経由し、借受金を期日までに返済することができないときは昭和四九年一月二九日付の契約書(これが本件売買契約書を指すものであるかどうかはさておき)に基づき返済することを約していたことはいずれも(一)(6)認定のとおりであるところ、契約の一方の当事者であると主張する須藤工業において、契約成立の日について、当初は昭和四九年一月二九日、後に昭和五二年一月一八日と主張し、後にこれが客観的事実に符合しないことが明らかとなってから一日早めて昭和五二年一月一七日と主張するに至ったこと(右は当裁判所に顕著である。)の不合理さはしばらく措いても、右のような金員借入れ及び一種の担保設定の合意と極めて接着した時期(翌日)に右借入れ及び担保設定の契約書を破棄しないまま、同じ契約当事者間で同じ土地について売買契約を締結するということは、通常はあり得ないところである。

しかも、右(一)(1)ないし(6)に認定した事実によれば、亡乙松夫は被告ら主張の本件売買契約締結の直前まで本件土地を売却する意思は有しておらず、かえって本件土地が競落されることを防ぎたいとの一念から本件土地その他の亡乙松夫所有の土地を担保として一億数千万円の資金を調達しようとしていたことが認められるのであるから、亡乙松夫が突如本件土地を売却しようとしたとすれば、その行動は合理的に理解し難いといわざるを得ない。

(三)  また、本件土地の強制競売手続における最低売却価格(民事執行法施行前において一般の市場価格よりも低廉であることは、公知の事実である。)が一八億六二〇〇万円であったことは(一)(5)において認定したとおりであり、本件土地の競落されることを回避しようとしていた亡乙松夫が競売によるよりもはるかに不利な一〇億二七四八万円という廉価にて売却する途を選ぶという、支離滅裂ともみえる行動に出ることを合理的に説明できる事情は、被告らの主張立証しないところである。

被告らは、本件土地は強制競売に付されていた上に本件土地に関しては合作社の訴訟や福田実(以下「福田」という。)等との係争が存在しており、本件売買契約書においてはそれらの解決をすべて買主の方で負担するように約定されていたのであるから右のような減額された価格になるのは当然であると主張する。

しかしながら、《証拠省略》を総合すると認められる、本件強制競売の請求債権は一億一一一一万五三四二円であり他の債権としては交付要求に係る租税債権が合計六三〇万二〇四〇円であった程度にすぎなかった事実からすると、本件土地は買主において債権者と交渉することが格別困難な物件であったとは解されないし、また、合作社との訴訟は控訴審において亡乙松夫が既に勝訴していたことは既に認定したとおりであって、当時の最高裁判所判例の趣旨からすれば、亡乙松夫の勝訴が上告審においても維持される蓋然性の高いものであったことは当裁判所に顕著であり、《証拠省略》によれば、福田の亡乙松夫に対する本件土地所有権確認訴訟は第一、第二審とも福田の請求が棄却されて昭和三六年八月一〇日に確定していたことが認められるのであって、その他《証拠省略》により認められる甲川一江(亡乙松夫の内妻)ら本件土地の占有者の占有権原の性質等を考慮すると、本件土地はいわゆる係争物件であったといってもさほど廉価に評価されるべきものとは解されない。

加えて、当時の所得税法によれば、課税総所得の額が八〇〇〇万円を超える場合、所得税の税率は七五パーセントと定められており(所得税法八九条一項)、長期譲渡所得については分離長期譲渡所得の特例が定められていた(租税特別措置法三一条一項)ことを考慮してもなお売買代金の大部分を譲渡所得税として納付すべき結果になることは容易に予測できたところであって《証拠省略》によれば、板橋税務署長は昭和五六年二月二六日付けにて昭和五二年の亡乙松夫の所得税につき総所得金額八三二万八四〇〇円、分離長期譲渡所得の金額一一億三五三七万二一七三円、納付すべき税額を六億二六一五万五六〇〇円とする更正処分をしたこと、右分離長期譲渡所得は本件売買契約に関する所得であることが認められる。)、そうであるとすればなお、このような低廉な代金額の約定にて亡乙松夫が本件土地の売買契約に応じたものとは考え難い。しかも、このような高率かつ高額の税金が賦課されることは当然売買契約の締結の際においても考慮されるはずのものであるところ、亡乙松夫と須藤との間で右について十分な検討がなされたことを認めるに足りる証拠はない。

結局、このような低廉な代金額をもって売買契約が締結されたという被告らの主張事実は不自然にすぎるというべきである。

(四)  また、被告らが本件売買契約が成立したと主張する昭和五二年一月一七日以降の経過についてみるに、《証拠省略》によれば、次のとおり認められる。《証拠判断省略》。

(1) 亡乙松夫は、昭和五二年二月八日には三林物産に対して競売の請求債権の弁済期限の猶予を求める調停を申し立てたほか、昭和五二年二月一四日には本件土地の強制競売手続停止決定を申し立て、担保として二〇〇〇万円を供託し、右決定を得た。

(2) 亡乙松夫は、更に右三林物産に対する弁済資金を調達するため、須藤及び横山進(以下「横山」という。)と共同し、西武信用金庫に須藤の資金により亡乙松夫名義の預金をして同信用金庫から株式会社横山商事(以下「横山商事」という。)名義で一億五〇〇〇万円程度の融資を受けることを計画したが、右融資は得られず、昭和五二年三月二七日、右計画は解消された。

(3) ところで、三林物産に対する前記(1)の調停は昭和五二年三月二九日から九月八日まで数回にわたり期日が指定されたが(いずれも三林物産側は不出頭)、三林物産の亡乙松夫に対する債権は、調停申立前の昭和五一年一二月、既に須藤の要請を受けて東洋ゴーセー株式会社が谷古宇の資金により三林物産から譲り受けており、三林物産は、昭和五二年三月二日、本件土地の強制競売申立てを取り下げており、調停の対象はなくなっていた。須藤は右事情を知りながら、亡乙松夫には一切これを告げず、調停期日には亡乙松夫とともに裁判所に赴いた。

以上認定の事実によると、昭和五二年一月一七日の後も亡乙松夫は本件土地の競売を回避するための努力をしていたこと及び須藤もこれに協力する姿勢を示していたことが認められるのであって、右両者の行動によれば、本件売買契約の当事者とされる同人らは一月一七日に本件土地の所有権を須藤工業に移転するための合意をしていなかったものと推認せざるを得ない。証人須藤の証言中には、亡乙松夫は本件土地が既に須藤工業に売却されたことを承知しながら、なお本件土地についてきれいにしておきたい部分があるからと称して右調停申立てや強制競売停止決定の申立てをしたものであるとの証言部分があるけれども、右は到底信用することができない。

(五)  被告らは、昭和五二年一月一七日(当初は一月一八日と主張し、提訴後約八年を経て上記のように訂正)に一億円を、同年二月一九日に八五〇〇万円を、同年三月三〇日に三〇〇〇万円を、同年五月二日に二三七二万円を、同月三一日に二五七〇万円を、同年六月五日に一〇〇〇万円を、同月二七日に五〇〇〇万円、同年八月二〇日に六億三九五六万円(ただし、内五億円については埼玉緑化振出の五通の約束手形により支払い、一億三九五六万円については現金にて支払った。)を、同月二六日に六三五〇万円を、それぞれ支払ったと主張し、これに一部沿う丁第二号証の一ないし九の各領収証が存在する。右金員の支払の金額及び時期自体、被告ら主張の売買契約に定めるところとはおよそ脈絡も窺えず、また、一〇億余の巨額の代金の分割支払にしては気まぐれにされた感を否めないが、その点をしばらく措いて、次に右各領収証について検討する。

(1) 原告らは、右のうち丁第二号証の一、二、七ないし九の署名押印部分の真正を争い、これら書証は偽造であると主張するので、まず、右丁第二号証の一、二、七ないし九の成立について判断するに、丁第二号証の三ないし六については原告らも亡乙松夫の署名部分及び押印部分の真正については争わないところであり、また、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき丁第七号証(印鑑登録証明書)によれば同号証中の印影が亡乙松夫の実印によるものであることが認められるところ、右丁第二号証の三ないし六の印影及び筆跡と同号証の一、二及び同号証の七の各印影及び筆跡並びに同号証の七ないし九の各筆跡を対照し、かつ、昭和五五年三月一日付け鑑定人長野勝弘作成の鑑定書を総合すれば、右丁第二号証の三ないし五の印影と同号証の一、二及び同号証の七の各印影はいずれも同一の印章による印影であり、また、同号証三ないし六の署名と同号証の一、二及び同号証の七ないし九の各署名は同一人の筆跡によるものであることがそれぞれ認められ、さらに、丁第二号証の八、九の各印影は丁第七号証の印影を対照し、かつ、昭和五五年四月三〇日付け鑑定人長野勝弘作成の鑑定書を総合すれば、右丁第二号証の八、九の各印影と丁第七号証の印影とは同一の印章による印影であるものと認められ、以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、丁第二号証の一、二、七ないし九は、住所やただし書部分等の記載が事後に記入された可能性は残るにせよ、いずれも亡乙松夫がこれに署名押印したものであると推認することができる。

したがって、特段の反証のない限り、被告らの主張するように右丁第二号証の一ないし九の領収証のとおりに本件売買代金が支払われたものと推認すべきであるということができるが、他方、本件においては、次の(2)ないし(7)のとおり、右領収証の記載どおりに売買代金の支払がなされたとはにわかに首肯し難い事情が存在する。

(2) 丁第二号証の一について

被告らは、本件売買代金の手付金として、昭和五二年一月一七日に一億円を支払った(ただし、うち四〇〇〇万円については、須藤工業と亡乙松夫との合意により、須藤工業が亡乙松夫に対して昭和四九年一月二九日に貸し渡した四〇〇〇万円の貸金債権と対当額をもって相殺した。)旨を主張し、これに沿う前掲丁第二号証の一(ただし書部分は除く)並びに証人森及び同須藤の各証言が存在する。

しかしながら、右主張に係る四〇〇〇万円の貸付けの行われなかったことは既に認定したとおりである。また、証人須藤は残余の六〇〇〇万円のうち二五〇〇万円は二〇〇〇万円の太陽信用金庫草加支店振出の預金小切手及び須藤振出の約束手形五〇〇万円からなると証言するが、前記(一)(6)認定のとおり、右はいずれも昭和五二年一月一六日の貸付金三〇〇〇万円の一部である事実に照らし、右証言部分は到底信用することができない。また、証人須藤は、残り三五〇〇万円は今井隆(以下「今井」という。)から調達した現金で支払ったと証言するが、右証言部分が採用できないことは、後述(7)のとおりである。

したがって、丁第二号証の一は、本件売買契約の代金支払の領収証であるとは認め難い。

(3) 丁第二号証の四について

被告らは、昭和五二年五月二日に本件売買代金の内金二三七二万円を支払ったと主張し、これに沿う前掲丁第二号証の四が存在し、また、右金員の授受自体については、当事者間に争いがないところである。

しかしながら、《証拠省略》を総合すれば、右金員は亡乙松夫が昭和五二年三月二七日に須藤及び横山と共同で西武信用金庫から融資を受ける計画を解消した(前記(四)(2)認定のとおり)際に横山に対して従前の借入金等二三七二万円を返済するため須藤から借り受けた金員であることが認められる。

したがって、丁第二号証の四もまた、本件売買契約の代金支払の領収証であるとは認め難い。

(4) 丁第二号証の五について

被告らは、昭和五二年五月三一日に本件売買代金の内金として二五七〇万円を支払った旨の主張をし、これに沿う前掲丁第二号証の五が存在する。

しかしながら、《証拠省略》によれば、昭和五二年五月頃、亡乙松夫と須藤との間で、亡乙松夫の子である乙花子名義の東京都杉並区《番地省略》の土地(亡乙松夫はこれを「荻窪の土地」と呼んでいた。)に須藤が代表取締役である株式会社住真(以下「住真」という。)がマンションを建設し販売することを同社に委託する話が進んでおり、亡乙松夫は須藤に対し、須藤が立替融資した右マンションの建設資金の頭金(実質は建設計画の費用)二五〇〇万円に同土地の上に現存する建物の修繕費用等の七〇万円の借用金を合わせて合計二五七〇万円の領収証を作成し、これが右丁第二号証の五であることが認められる。

したがって、丁第二号証の五もまた、本件売買契約の代金支払の領収証であるとは認め難い。

(5) 丁第二号証の六について

被告らは、昭和五二年六月五日に本件売買代金の内金として一〇〇〇万円を支払った旨の主張をし、これに沿う前掲丁第二号証の六が存在し、原告らも右金員の授受については争わないところである。

しかしながら、《証拠省略》を総合すれば、右は、亡乙松夫が本件土地の固定資産税を支払うために借り受けたものであることが認められる。

したがって、丁第二号証の六もまた、本件売買契約の代金支払の領収証であるとは認め難い。

(6) 丁第二号証の八について

被告らは、昭和五二年八月二〇日に、本件売買代金の内金として埼玉緑化の振出に係る五通の約束手形にて合計五億円を支払ったと主張し、証人須藤の証言中にはこれに沿う証言部分がある。しかし、右約束手形は右同日又はそれに接着した時期に現金化することが容易なものであることが窺えず、通常の常識を備えた者が右のような手形によって代金の半額を持参することも奇異なことであるし、これを代金の支払として受領する者がいることも経験則上到底考えられないところであるから、右証言部分は、採用の限りでない。これに加えて、同証人の証言によれば、右約束手形は一旦亡乙松夫に対して交付された後に同日須藤工業に対して預り金の趣旨で裏書もせずに交付されたというのであり、しかもその後右各約束手形は埼玉緑化に対して返却されて決済されなかったというのであるから右は亡乙松夫に対して何らの経済的利益を与えないものであることが明らかであり、このような経過で署名押印された領収証と題する書面の存在をもって本件売買代金の支払ありと解することはできない。

(7) 高額の現金の支払について

証人須藤は、① 昭和五二年一月一七日に支払った本件売買代金六〇〇〇万円のうち三五〇〇万円は今井からの借用に係る現金をもって支払ったものであると証言するほか、本件売買代金の支払の資金調達について、② 同年二月一九日の八五〇〇万円は内金三〇〇〇万円を今井からの借用金、三〇〇〇万円を須藤工業の手持資金から、③ 同年三月三〇日の三〇〇〇万円は内金一〇〇〇万円を今井からの借用金、残りは須藤工業の手持資金から、④ 同年五月三一日の現金二五七〇万円は内金二五〇〇万円を須藤工業の手持資金から、⑤ 同年六月二七日の五〇〇〇万円は内金三〇〇〇万円を今井からの借用金、残りを須藤工業の手持資金から、⑥ 同年八月二〇日の六億三九五六万円は内金一億三九五六万円を今井からの借用金から、⑦ 同年八月二六日の現金六三五〇万円は内金五〇〇〇万円は今井からの借用金、残りを須藤個人の資金から、それぞれ調達したもので、須藤は以上の支払について、いずれも現金により、かつ、右現金をいずれも亡乙松夫の自宅に持参して支払ったと証言する。

しかし、右高額の金員をすべて現金で、しかも、亡乙松夫の自宅にて支払ったとの主張事実自体不自然極まりないものである上、《証拠省略》によれば今井は須藤が代表取締役である住真の監査役であり須藤工業の顧問であったことが認められるものの、今井の資金力についての証人須藤の証言はいかにもあいまいかつ不自然で、客観的事実の裏付けにも全く欠けるものであり、また、《証拠省略》によれば、須藤工業及び住真はいずれも昭和五〇年六月に手形の不渡りを出して当時銀行取引停止処分の状態にあったことが認められるのであって、このような須藤工業に対して二億以上もの資金を次々と貸し渡すというのも通常はあり得ないことである。《証拠省略》は、今井が須藤に対し昭和五二年一月一八日から同年八月二六日までの間に六回にわたり合計二億八五〇〇万円を貸し付けた旨の今井名義の証明書であるけれども、右は本訴提起後に作成されたものであることがその記載から明らかである上にこれを裏付ける何らの証拠の提出もないのであるから、およそ採用に値しない。

そうすると、この点においても、右各領収証が果たして被告ら主張の出捐に対応するものかどうか、疑わしいといわざるを得ない。

以上認定のとおり、被告らが本件売買契約の代金支払の領収証として主張する丁第二号証の一ないし九は、偽造に係るものではないとしても、いずれもその内容が実体と一致しない(少なくとも金額欄の記載にみあった経済的対価を伴わない)かあるいは借用金の領収等の趣旨で交付されたものであるということができるのであって、このような書証をもって、本件売買代金支払の事実を認定することはできないといわざるを得ない。同様に、右代金支払の事実に関する証人須藤及び同森の証言は採用することはできず、他に、本件売買代金の現実の支払があったものと認定するに足りる証拠は存在しない。

(六)  本件土地について昭和五二年八月二二日受付の亡乙松夫から被告井上工業に対する所有権移転登記がなされていることは全当事者間に争いがなく、証人須藤の証言中には、須藤は昭和五二年八月五日に須藤工業から被告井上工業に対して本件土地を転売した後同月一八日に亡乙松夫は右事情を告げ被告井上工業に対して直接所有権移転登記をする旨の同意を得て本件土地の登記済権利証と亡乙松夫の委任状、印鑑証明書及び外国人登録証を預り、右登記を経由した旨の証言部分がある。

(1) しかしながら、本件売買契約に基づく代金支払がなされたことの立証のないことは前記(五)のとおりである上、被告らの主張によっても亡乙松夫は一〇億二七四八万円の売買代金のうち七億円以上の代金を受領しないうちに右登記に必要な書類を交付したことになるが、右はいかにも不合理であるというほかない。しかも、丁第一号証の売買契約書においても、代金五億円(手付金一億円及び中間金四億円)の支払と同時に所有権移転仮登記手続をし、売買代金の残金支払と同時に所有権移転登記手続をすることの約定がされているのであって、これが右のように亡乙松夫に極めて不利に変更された理由は、本件全証拠によっても見い出すことができない。

証人須藤の証言中には、亡乙松夫は谷古宇が代表取締役である埼玉緑化振出の約束手形五通合計五億円をもって支払うことをあらかじめ合意し、これを信用して登記に必要な書類を交付し、八月二〇日に右各手形を受領して丁第二号証の八の領収証を交付した旨の証言部分があるが、右約束手形の交付が亡乙松夫にとって何らの経済的利益をも与えないものであることは前示のとおりであるから、右証言部分は採用することができない。

(2) そして、《証拠省略》を総合すれば、次のとおり認められ、この認定に反する証拠はない。

ア 亡乙松夫は、昭和五二年三月末、前記(五)(3)の二三七二万円を須藤から借り入れた際、右借入金及び前記(一)(6)の三〇〇〇万円の借入金について練馬区《番地省略》二宅地五四一・四八平方メートル(亡乙松夫所有名義。以下「常盤台の土地」という。)や豊島区西池袋《番地省略》宅地二六一・一五平方メートル(土地は亡乙松夫の息子原告乙一夫名義。建物は亡乙松夫名義。以下右土地建物を「西池袋の土地建物」という。)を担保に供するため、須藤に対して右各不動産の権利証、亡乙松夫の印鑑登録証明書及び外国人登録済証明書並びに白紙委任状を交付していたが、右印鑑登録証明書及び外国人登録済証明書の有効期限が過ぎた同年五月には、須藤に求められて、再度、須藤に対し常盤台の土地及び西池袋の土地建物について担保権を設定することの承諾書、印鑑登録証明書及び外国人登録済証明書並びに亡乙松夫が氏名、住所を記載し認印を押印した白紙委任状(その後須藤から実印の押捺を求められて実印を押し直した。)等を交付し、更にこの頃、須藤より物件が複数であるから委任状も複数必要であるといわれて、実印のみ押捺した白紙委任状を追加交付した。

イ 昭和五二年八月一九日頃、司法書士上杉の事務所に、須藤、井上工業の代理人及び亡乙松夫の代理人と称する者が、本件土地の登記済権利証、亡乙松夫の印鑑登録証明書及び外国人登録済証明書と亡乙松夫の氏名、住所、認め印及び実印が押捺されて日付については昭和五二年五月と記入された白紙委任状並びに実印のみが押捺された白紙委任状とを持参し(亡乙松夫は同行していなかった。)、本件土地について、登記簿上の亡乙松夫の住所の変更登記及び亡乙松夫から井上工業に対する所有権移転登記をすることを委任した。上杉は、右白紙委任状に必要事項を記載し、昭和五二年五月の五の数字を八と書き直して日付を記載して、右委任に係る各登記手続をした。

右ア、イの事実によれば、本件中間省略登記手続には、亡乙松夫が常盤台の土地及び西池袋の土地建物に担保を設定するために交付した印鑑登録証明書、外国人登録済証明書及び白紙委任状が使用されているものと推認することができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3) また、右中間省略登記手続の終了後も、須藤が本件土地の登記済権利証等の書類を亡乙松夫に返還しなかったことは須藤もその証言において認めるところであり(この点に関して、亡乙松夫が須藤に対して右書類の返還は不要であると告げた旨の証言部分は、採ることができない。)、亡乙松夫が同年九月八日まで三林物産に対する調停期日に出席していたことは既に認定したとおりである。

以上(1)ないし(3)に認定の事実を総合すれば、本件中間省略登記は、亡乙松夫の事前事後の承諾なくして行われたものと推認するのが相当である。

《証拠省略》中には、昭和五二年八月中旬亡乙松夫から電話で白紙委任状二通を発行したので被告井上工業に対して本件土地の所有権移転登記手続をしてほしい旨の連絡があった事実を上杉が認めているかのような記載部分があるけれども、右記載部分は証人上杉の証言に照らし、採用することができない。同様に、須藤は登記手続の前に亡乙松夫の承諾を得、登記手続後にも亡乙松夫に登記手続の終了を報告し亡乙松夫はこれを納得した旨の証人須藤の証言部分も到底信用することができない。

そして、他に右の認定を覆すに足りる証拠はない。

3  以上2(一)ないし(六)に認定したとおり、本件においては、被告らが本件売買契約の売主であると主張する亡乙松夫は被告らが本件売買契約締結の日と主張する日の前後にわたって本件土地が競売(競落期日は昭和五二年二月二一日)によって人手に渡るのを回避するために請求債権を弁済すべく資金調達等の努力をしていたこと、亡乙松夫は被告らが本件売買契約締結の日と主張する日の前日には須藤工業から三〇〇〇万円を借り受け、かつ、昭和五二年二月一五日に一億円を借り受ける際には本件土地に仮登記を経由し弁済期を経過したときは本件土地を利用して弁済する旨の契約を締結していること、本件売買契約の契約書においても同年二月一五日には中間金四億円を支払い、かつ、売買予約の仮登記を経由するものとされていること、本件売買契約における売買代金は競売手続の最低売却価格に比しても余りに低廉にすぎ、しかも税金を引くと亡乙松夫には三、四億円しか残らないものであって、亡乙松夫がかような不合理な売買契約を締結する動機は見い出せないこと、本件売買契約の契約書に定められた契約締結の日付、代金の支払方法、登記経由の方法等はその内容がことごとく現実に合致しておらず、しかも、契約当事者の須藤でさえ本訴において客観的事実に合致しなくなるたびに変更するほど契約締結の日があやふやで、また、代金についてはその支払の事実を認めるに足りる証拠はないこと、被告らが本件売買契約の領収証として提出するもののうちには、亡乙松夫の須藤に対する借用金に対するものも見い出せること、本件土地については亡乙松夫から被告井上工業に対して亡乙松夫の承諾なくして所有権移転登記が経由されたものであること等の事情が認められるのであって、右事情及び既に認定した亡乙松夫と須藤工業との取引の経緯に鑑みれば、亡乙松夫の署名のある丁第一号証の売買契約書は、実質は、たかだか亡乙松夫に対する融資(将来の融資の約束も含む)及びその担保権の設定の契約書として交付されたものと解せざるを得ないのであって、右契約書をもって売買契約の存在を推認することはできないものといわざるを得ない。

そして、他に被告ら主張の売買契約の存在を認めるに足りる証拠はない。

四  そうすると、結局、亡乙松夫が所有権を喪失した旨の被告らの主張は採ることができないから、本件においては、昭和五三年五月三一日の亡乙松夫の死亡とともに、原告らが二に認定した相続分に従って本件土地を相続取得したものというべきである。

したがって、原告らの主位的請求原因は理由がある。

五  次に、参加人と原告乙田らの相続持分の売買の事実についてみるに、《証拠省略》によれば、昭和六〇年六月一五日、参加人と原告乙田ら法定代理人親権者乙田二江との間で原告乙田らが参加人に対して本件土地を含む亡乙松夫の遺産(ただし、両当事者が亡乙松夫の相続財産として示したもののうちには必ずしも亡乙松夫名義のものではないものも含まれている。)の原告乙田らの相続持分各一六分の一合計八分の一を、代金は合計二〇〇〇万円、ただし亡乙松夫の相続人に賦課された所得税の更正賦課決定処分に係る本税及び延滞税は参加人が負担することなどの約定にて売り渡す旨の売買契約を締結したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

六  原告乙田らは、右売買の意思表示は参加人の詐欺によるものであると主張する。しかし、そもそも、原告乙田らは右参加人の詐欺の具体的内容すら明らかにしておらず、かつ、乙田二江が参加人の何らかの詐欺によって本件土地を含む亡乙松夫の相続財産の原告乙田らの相続持分を売り渡す旨の意思表示をしたことを窺わせるに足りる証拠もないのであるから、右原告乙田らの主張は失当であるといわざるを得ない。

そうすると、原告乙田らは本件土地の相続持分各一六分の一をそれぞれ参加人に売り渡したものというべきであるから、参加人の請求は理由がある。

七  以上のとおりであって、原告らの本訴請求(原告野尻らの主位的請求)及び参加人の請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用について民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江見弘武 裁判官 小島正夫 杉原麗)

〈以下省略〉

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